復讐心は強い衝動と共にあらわれます、
しかしそれに従って行動しても、気分が良くなることはないでしょう。
感情や思考が行動にどのように影響するかを理解することは、
強い精神を保ち、嫌悪感に支配されないために大変重要です。
感情についての知識と、それらの感情を強化または緩和する考えは、
自分の行動をうまく管理する方法を発見するのに役立ちます。
一度復讐してやりたいと思ったら、
話し合うことなど、頭に浮かんでこないのが人間です。
復讐との闘いは何世紀も前のことです。
孔子は言いました、
「復讐の旅に出る前に、2つの墓を掘ってください」
ガンジーは、
「復讐は全世界を盲目にするだけで終わった」
復讐は自己破壊的であると同時に、
復讐はボクたちが持っている最も深い本能の一つのようです。
手に負えないほどの復讐、攻撃、そして反撃は、
盲目になり、関係者全員の命を奪ってしまう可能性があります。
しかし残念ながら、人の本能や感情は、目的を果たそうとします。
研究者や理論家は、復讐は正義を確立するための形態であり、
保護の一種として役立つと言っています。
想像してください…
近所の住人が、一晩中どんちゃん騒ぎのパーティーを開催していました。
あなたの家の敷地内まで、参加者の車が駐車されています。
もし相手が逆ギレしてこない性格だと分かっていたら、
あなたは車をパンクさせたり、生卵を投げつける衝動に誘惑されるかもしれません。
もし相手が逆ギレがしてくると思うなら、
あなたは自分の怒りを鎮めるように努力するでしょう。
復讐の目的は、これ以上他人に傷つけられないための防衛です。
しかし、ときにそれが不可能なとき、
溜まった怒りは、計り知れないほどの極値に達する可能性があります。
新聞一面を覆う、放火や無差別殺人などのバッドニュースが、
それを形にしています。
けがをしたり裏切られたりしたことのある人は、
相手が苦しんだら自分は気分が良くなると、感情的な痛みが軽減すると、
疑いなく信じているようです。
果たしてこれは本当でしょうか?
人々が復讐するとき、もはや状況を些細に把握することができません。
そして何度も何度も繰り返し行って、さらに状況を悪化させます。
無限のサイクルが続く可能性があります。
ほとんどの人は、復讐は酷い事と認識しているのにも関わらず、
無意識中では強く復讐を求めてしまうのはなぜでしょうか。
復讐と信頼の境界線は紙一重の関係にあると考えます。
「おあいこ様」「お互い様」の状態にすることで、
崩れた信頼関係を修復しようとします。
つまり復讐は正義だと信じているのかもしれません。
謝罪が与えられたとき、多くの人は復讐の計画を水に流すでしょう。
それは謝罪によって、互いの立場が平等になったからです。
なので復讐は、不平等をなくし信頼を回復させるための、
必要な行動だと思うのかもしれません。
しかしながら、復讐の思考は明らかに気分が良く、
人が生き残るための本能でしかありません。
信頼は社会で生きる上で、あらゆる場面において重要です。
あなたが復讐について考えているとき、
それは信頼や平等を破られたと感じていることを意味します。
復讐計画は楽しいと感じるかもしれませんが、
実際に実行してもほとんど満足をもたらさないし、
より多くの問題と苦しみを引き起こす可能性があります。
復讐行為は、信頼を修復したり、
お互いの正義感を再構築したりするものではありません。
決断を下す前に、
落ち着いて合理的に考えがまとまるまで待ってください。
衝動的に行動するならば、あなた自身や他人は沢山の苦しみを抱えることになり、
いずれ自分の行動を後悔する日が来るでしょう。
あなたはすべての事実を知っていますか?
そうでない場合は、決定を下す前に、
本当に起こった事を明確にしてください。
たとえ何も変わらないとしても、
問題のある人との対話はあなたにとって有益でしょうか?
問題のある人は喜んで耳を傾けますか?
あなたの見解や感情を表現することは役に立ちます。
対話をすることは、
問題のある人に謝罪の機会を与えるかもしれません。
あなたが感情的に敏感であるとき、
他者によって傷つけられていると感じるかもしれません。
それでも、復讐を促す考えは持たないで下さい、
あなたも相手も不幸になるだけです。